名古屋地方裁判所 昭和38年(行)14号 判決 1966年6月18日
原告 藤本耕平
右訴訟代理人弁護士 花田啓一
同 坂本貞一
同 大脇保彦
被告 名古屋市長 杉戸清
右訴訟代理人弁護士 鈴木匡
右訴訟復代理人弁護士 大場民男
同 清水幸雄
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
(原告)
一、被告が昭和三八年三月三一日付をもって原告に対してなした、原告の収入が一ヶ月金四万五、〇〇〇円を超えるものと認定した収入超過認定及びこれに伴い一ヶ月金九二〇円の割合による付加使用料(割増賃料)を納付すべき旨通知した各処分はいずれもこれを取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
(被告)
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者双方の主張
(請求の原因)
一、原告は訴外名古屋市から原告肩書地に所在する第二種木造の名古屋市営住宅を賃借し、同所に居住するものである。
二、被告は、昭和三八年三月三一日付をもって、原告に対し名古屋市営住宅条例第二五条の五第一項に基づき原告の収入が一ヶ月金四万五、〇〇〇円を起えるものと収入超過の認定をなすとともに、付加使用料として同年四月一日以降一ヶ月につき金九二〇円を納付すべき旨を通知し、右通知は同年四月一八日原告に到達した。
三、しかしながら被告のなした右処分は次のような理由によって違法である。
(1) 公営住宅法第二一条の二は憲法第二五条に違反する。
公営住宅法は同法第一条の規定からも明らかなごとく、本来憲法第二五条第一項に規定する「国民の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」すなわち、国民の生存権が戦後の住宅難のため低額所得者層には現実に確保され難いことに対し、国の社会保障義務(憲法第二五条第二項)の実践として、住居生活部面において右生存権を具体化するために制定されたものである。しかしながら、公営住宅法はその家賃の決定について建設費の回収を本則としたため、家賃を低廉にしようとすることは必然的に建設費を低く押え、住宅の質を低下させ、あるいは小規模な住宅を供給する結果となった。原告の入居している公営住宅もこの例にもれず、その構造資材等は粗悪であり、共同施設も粗雑であって、ほとんど入居者の修繕によって補強されているのが現状である。したがって公営住宅法の目ざす理念とは裏腹に、公営住宅に入居している者の住居生活は現実には非文化的な不健康なものであった。しかるに国はこのような現状を改善することなく却って、昭和三四年の公営住宅法の改正により同法第二一条の二を新設するに至ったのであるが、これは国民の生存権の具体的実現を逆に阻害し、生存権の実現に努力すべき国の責務に違背するものである。
すなわち、経済の高度成長政策が積極的に推進されるようになってくると、社会資本の充実、産業基盤の拡充ということに重点が置かれるようになり、住宅問題は副次的に取扱われるにすぎなくなった結果、昭和三四年四月現在でも全国において一七〇万戸の住宅が不足し、国の住宅政策の貧困、不毛は覆うべくもなかった。そこで国は公営住宅の入居者について何ら合理的根拠のない収入基準を設け、この基準を超過した収入のある者に明渡努力義務を課するとともに、引き続き入居している場合には割増賃料を徴収して早期に投下資本を回収することにより、その住宅政策の貧困を一時的に糊塗しようとして前記法改正の挙に出たものである。政府はこの割増賃料徴収規定の新設にあたって「第二種公営住宅の家賃も払いきれない人々に門戸を開放するために家賃を減額したり、あるいは当初の家賃を低くめたりする財源に回すために割増賃料を徴収するのである。」と説明するが、これは誤りである。低額所得者に対する援助は国、地方公共団体の責任であって、家賃の減免の補填は国、地方公共団体がそれだけ多くの資金援助をすることによって解決すべき問題である。しかるにこの国、地方公共団体の責務を放棄して、その責任をすでに公営住宅に入居している者に転嫁しようとすることは全く不当な措置である。以上の如く、公営住宅法第二一条の二の新設は、経済の高度成長下の物価高騰により実質的には収入が増加したとはいえない公営住宅の入居者に対し、名目的に僅かばかり収入が増加したということで、経済的圧迫を加え、その住居生活をおびやかすものであり、明らかに憲法第二五条に違反する。
(2) 公営住宅法第二一条の二は憲法第二九条第一項に違反する。公営住宅法の規定中、公営住宅の使用関係を規律した部分は、入居者と事業主体の間の賃貸借契約の内容を画一的、定型的に定めたものと解されるから、右契約内容を入居者に不利益に変更するためには入居者の同意が必要である。
しかるに、国は一方的に公営住宅法第二一条の二を新設して入居者に明渡努力義務及び割増賃料納付義務を課したのであるから、これは公権力による入居者の契約上の地位の侵害というほかなく、明らかに憲法第二九条第一項に違反する。
(3) 公営住宅法第二一条の二は憲法第一四条第一項に違反する。公営住宅の利用については、国民は平等な取扱をうけるべきである。しかるに、公営住宅法第二一条の二は入居者の収入の高低により賃料に差額を設けようとするものであるから入居者を経済的理由によって差別することとなり明らかに憲法第一四条第一項に違反する。被告はこの点について「高額所得者からは高い家賃を、低額所得者からは低い家賃を徴収することこそ真の法の下の平等である。」と反論するが、もしそうなら家賃はそれぞれ入居者の収入に見合って決定されるべき筋合いである。しかるに公営住宅法は割増賃料の徴収を規定するのみで、低額所得者に対する家賃の値下げについては何ら触れていないのである。わずかに減免規定があるが、これとて一時的、例外的、恩恵的に低額所得者を救済するものにすぎない。結局現行の公営住宅法は入居者の収入に応じて家賃を上げ下げするという家賃体系を根本的には採用しておらず、前述の如く建設費の回収ということに家賃決定の基準がおかれているのであるから、このような制度下で収入が多少名目的に増加したからといって、割増賃料を徴収することはやはり法の下の平等に反するものである。
(4) 公営住宅法第二三条の二は憲法上の根拠を欠くとともに、所得税法第七一条、地方税法第二二条に違反するから、被告のなした収入状況調査は違法であり従って、右調査に基きなされた本件処分もまた違法である。
すなわち、国民は憲法第三〇条により納税の義務を負う関係上、所得税法、地方税法は国民に対し収入状況について報告書を提出する義務を負わせるとともに、国、地方公共団体にこれを求める権限を付与したのであるが、それ以外にこのような権利義務関係の生ずる余地はない。公営住宅法にいう割増賃料は全く私法的な家賃の増額にほかならず、その家賃増額のために国民に対し収入状況について報告を求める権限を事業主体の長に付与することは憲法上の根拠を欠く。
更にまた、公営住宅法第二三条の二に基き、官公署に必要な書類を閲覧させもしくはその内容を記録させることを求めることは、所得税法第七一条、地方税法第二二条に規定する秘密漏洩の犯罪を誘発せしめるものであり、この点からも公営住宅法第二三条の二に基く収入状況調査は違法である。
(5) 公営住宅法第二一条の二は借家法に違反する。
公営住宅法は同法第一条の規定からも明らかなごとく、民間住宅ではなしえない保護を借家人に与えて、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものである。したがって、公営住宅使用の法律関係は民法、借家法の系譜のうえに、それらより一層徹底した形で、通常の民間住宅ではなしえない程度の社会法的保護を賃借人に与えるという点において、民法、借家法の特別法たる地位を占めることになる。公営住宅法や前記条例が住宅入居者の権利、義務について民法や借家法と異った特別の規律をなしうるのは、この意味においてであり、且つそれ以上のものであってはならない。したがって公営住宅法が入居者にプラスになる規定に限って、借家法の特別法となることは明らかであり、また借家法によって入居者に与えられているところの権利を剥奪するような規定を法律で設けることは社会福祉法としての公営住宅法にとっては自殺行為であり、許されないことである。したがって、公営住宅法に規定のない事項については当然民法、借家法が適用され、公営住宅法の規定が民法、借家法に牴触するときは当該規定が入居者にプラスになる規定か否かによってその適用の有無を決すべきである。
そこで公営住宅法第二一条の二の規定について考えてみると、右規定は入居者に対し公営住宅を明渡すか、さもなくば割増賃料を支払うかの二者択一を迫るものであって、入居者の明渡を経済的側面から強制するものというべく、明らかに借家法第一条の二によって保障された居住権を侵害するものである。さらにまたこれを他の角度から見れば、それは単なる家賃の値上げというべきものである。しかしながら、我が国の家賃体系は等価交換を基礎とする経済家賃の原則のうえに立っていることは明らかであり、入居者の収入の増大に応じての家賃の増額は認められていないところである。なるほど、公営住宅法は社会福祉立法として低額所得者を保護しようとするものであるから、収入超過者については保護を与える必要がなく、したがって割増賃料は家賃増額とは性質を異にするものだとの議論も成り立ちうるが、しかし、もしそうであれば、社会政策的家賃体系として、収入超過者の家賃を上げる半面、低額所得者の家賃を下げて、それぞれの収入に見合った家賃を支払うということにしなければ筋が通らないところである。しかるに、公営住宅法は家賃の決定について建設費の回収を本則とし、一時的、例外的、恩恵的に家賃の減免を規定するのみである。してみれば、公営住宅法の家賃体系が借家法のそれと異なるものとは解しがたく、結局割増賃料は社会福祉的外観を装った体の良い家賃値上げというべきである。
したがって、このような家賃増額は借家法の家賃体系を根底から崩すものであって、到底許容さるべきことではない。
(6) 名古屋市営住宅条例第二五条の三は公営住宅法第一条憲法第二五条に違反する。
(イ) 右条例第二五条の三は割増賃料についての額及びその収入超過基準につき、後記被告主張のとおり規定するが、この基準は自由主義経済のもとにおける物価変動を考慮せず、又名目的収入と実質的収入との区別を認めない不当なものといわなければならない。第一に現在諸物価が高騰していることは顕著な事実であって、二万九、〇〇〇円あるいは四万五、〇〇〇円の収入は決して高額所得といえたものではなく生活維持にようやくの額であるといって過言ではない。第二に公営住宅法に所謂「低額所得者」とは入居申込当時の収入によって規定されるものであって、原告のように営々と生活を築いてきたうえで、やっと二万九、〇〇〇円あるいは四万五、〇〇〇円を超える収入を得るようになったとしても、大学を卒業して二、三年で右と同じような収入を得る者と比較すれば、やはり低額所得者であることには変りないというべきである。
したがって右条例の収入超過基準規定は何ら合理的根拠がなく、一方的に原告等を高額所得者として取扱うものであって、公営住宅法第一条に違反する。
(ロ) 更に地代家賃統制令との関係をみるのに、原告が従来の家賃に加えて、右条例に規定する額の割増賃料を支払うとすれば、明らかに地代家賃統制令に定める統制額を超過する金額を支払うこととなり低額所得者を保護しようとする公営住宅法第一条に違反し、ひいては憲法第二五条に違反することとなる。
四、公営住宅の使用関係は私法関係と考えられるが、本件収入超過認定及び付加使用料納付通知はその形態、内容において行政処分としてのそれをとっているので、原告は抗告訴訟として、右に述べた瑕疵を理由に右処分の取消を求める。
(請求原因に対する被告の答弁及び主張)
一、請求原因 第一、二項の事実は認める。同第三項は争う。
二、名古屋市は公営住宅法第二一条の二、同法施行令第六条の二、同令附則第五項に基づき、名古屋市営住宅条例をもって付加使用料(割増賃料)の額につき、
住宅の種類
使用者等の収入
使用料(家賃)
に対する倍率
第一種公営住宅
四万五、〇〇〇円を超える場合
〇、三倍
第二種公営住宅
二万九、〇〇〇円を超え
四万五、〇〇〇円以下の場合
〇、二倍
四万五、〇〇〇円を超える場合
〇、五倍
と定め、またその徴収につき
市長は収入報告等により住宅を引続き三年以上使用する者の収入を調査し、付加使用料納付義務の生じた使用者に対し収入超過の認定をし、その旨通知する。
と規定した。
そこで、被告は昭和三四年五月一日法律第一五九号附則第三項によると原告が公営住宅法第二一条の二の適用上、昭和三七年六月一日をもって公営住宅に引き続き三年以上入居していることになるので、同法第二三条の二に基き原告提出の収入報告書その他の資料を収集して、原告の収入状況を調査したところ、原告は前記条例の適用上、収入超過者であって、付加使用料の徴収対象者であることが判明した。
よって被告は前記条例に基づき原告に対し収入超過の認定をなすと共に、原告の使用料に右条例で規定された倍率を乗じて付加使用料の額を算出し、これを納付すべき旨を通知した次第である。
なお、被告のなした右収入超過認定及び付加使用料納付通知は行政処分としての面もあれば、私法上の意思表示としての面もあり、原告主張の如く一面的なものではない。
三、(1) 公営住宅法第二一条の二は憲法第二五条に違反しない。
(イ) 本件において、入居者が付加使用料を支払った場合の収入残額は、
住宅の種類
本件での
使用料の最高額
付加使用料の最高額
収入残額
第一種公営住宅
三、三〇〇円
九九〇円
四万〇、七一〇円
を超える
第二種公営住宅
二、二〇〇円
四四〇円
(収入が四万五、〇〇〇円以下の場合)
二万六、三六〇円
を超える
同
一、八五〇円
九二〇円
(収入が四万五、〇〇〇円を超える場合)
四万二、二三〇円
を超える
となり、付加使用料の徴収が入居者の生活に及ぼす影響は僅少であり、何ら憲法第二五条に違反するものではない。
(ロ) さらに、終戦後三年以内の間に建てられた建物はなるほど住宅の質が悪かったのであるが、本件において問題となっている公営住宅の建設(公用開始)の頃は質も向上し、簡易耐火建築、中層耐火建築のものなどは決して民間住宅、公団住宅と比較して見劣りするものではない。従ってこの点からも付加使用料を徴収することは何ら憲法第二五条に違反するものではない。
(2) 公営住宅法第二一条の二は憲法第二九条第一項に違反しない。
公営住宅法は低額所得者に低廉な家賃を保障するため、家賃算定にあたり、公営住宅の建設に要した費用の償却については、国、都道府県の補助に係る部分を控除し、地代に相当する額については、国、地方公共団体の補助に係る部分もしくは有利な条件で土地の譲渡、貸付を受けた場合のその利益を受けた部分を控除することになっている。したがって、公営住宅の家賃は通常の民間住宅の家賃より第一種公営住宅にあっては少くとも二分の一、第二種公営住宅にあっては少くとも三分の二だけ低廉になっている筈である。かように公営住宅の家賃は国、地方公共団体の犠牲において通常より低廉にしているのであるから、所得が増した者から割増賃料を徴収することは、国、地方公共団体がその犠牲をやめること、あるいは恩恵を与えていることを中止することにすぎず、入居者の既得権を侵害することにはならない。
(3) 公営住宅法第二一条の二は憲法第一四条第一項に違反しない。前記のとおり所得の増した者から割増賃料を徴収し、国、地方公共団体が従前与えていた恩恵を与えないことにすることこそ憲法第一四条第一項の精神に適合するものであり、また高額所得者からは高い家賃を、低額所得者からは低い家賃を徴収することこそ真の法の下の平等であるというべきである。
(4) 公営住宅法第二三条の二は憲法上許される規定である。
割増賃料の徴収にあたって、入居者の収入状況を調査しないとすれば、徴収すべき収入超過者から徴収しなかったり、収入超過者でない者から徴収したりする誤りを犯すことになり、公営住宅の管理は混乱し、却って公平を欠くことになる。したがって、入居者の収入状況の調査はやむをえない措置というべきであり、憲法上も公営住宅法第二三条の二のごとき条文の制定を禁止しているものとは考えられない。また右法条に基く求めに応じて官公署が必要な書類を閲覧させ、またはその内容を記録させた場合は、所得税法第七一条、地方税法第二二条に規定する秘密漏洩の罪を構成しないことになるのであるから、原告のこの点についての主張も失当である。
(5) 公営住宅法第二一条の二は借家法に違反しない。
公営住宅法は公営住宅の使用関係について、常に民法、借家法の特別法たる地位にあるから、公営住宅法の規定が借家法に違反し無効となることはありえない。また割増賃料徴収の規定が設けられたのは、入居当時低額所得者であっても、入居後収入が増加し既に低額所得者といえない者が依然として、本来低額所得者についてのみ認められるべき低廉な家賃で公営住宅に入居していることは公営住宅法の目的に添わない結果となるがためである。さらにまた、原告は割増賃料徴収規定の新設が借家法の家賃体系を根底から崩すものであると主張するが、むしろ公営住宅の家賃が前述したごとく、国、地方公共団体の補助によって通常の民間住宅の家賃りよ低廉になっていること自体の方が借家法の家賃体系から離脱しているというべきであって、所得の増加した者から割増賃料を徴収することは逆に借家法の家賃体系に少しでも近づける結果になるといっても過言ではない。
(6) 名古屋市営住宅条例第二五条の三は公営住宅法第一条、憲法第二五条に違反するものではない。
(イ) 右条例で規定する四万五、〇〇〇円あるいは二万九、〇〇〇円という収入超過基準は、いずれも公営住宅法施行令第六条の二、同令附則第五項に規定する基準の範囲内であり、低額所得者でないものの基準としては妥当なものである。
(ロ) 公営住宅の家賃は、公営住宅法第一二条、第一三条、第二一条の二によって前記のとおり低廉に定められているから、原告の主張する如く地代家賃統制令との関係を生じる余地がないし、さらに本件において問題となっている公営住宅はその公用開始年月日が昭和三三年六月一日であって、比較的に新しい建物であるから同統制令を考慮する必要は全くない。
(被告の主張に対する原告の答弁)
被告主張の第二項の事実はすべて認める。
理由
一、原告が訴外名古屋市より原告肩書地に所在する第二種木造の名古屋市営住宅を賃借していること、及び被告が昭和三八年三月三一日付を以って原告に対し、名古屋市営住宅条例第二五条の五第一項に基づき、原告主張の如く収入超過の認定をなし、且つ付加使用料として昭和三八年四月一日以降一ヶ月金九二〇円の割増賃料(付加使用料)を納付すべき旨通知し、右通知が同年四月一八日原告に到達したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、原告は、右公営住宅の使用関係は私法関係であるが、被告は行政処分としての形態、内容を以って右収入超過の認定及び付加使用料納付の通知をなしたから、行政事件訴訟法によりその取消を求めると主張する。よって先ず右認定及び通知が行政処分であるか否かについて考察する。
三、本件名古屋市営住宅が公営住宅法及び名古屋市営住宅条例の適用を受ける公の施設であることは当事者間に争いがない。公営住宅の管理については公法的色彩が濃いことは、公営住宅法の規定上これを否定できないところであり、従って公営住宅の貸借関係の性質についても公法関係と解する見解があるが、通説は、公営住宅の貸借関係は、民法及び借家法を一般法とし、公営住宅法を特別法として適用する私法関係と解している。当裁判所は右通説に賛同する。
そうすれば被告が公営住宅法、同施行令、名古屋市営住宅条例に基づいて原告に対してなした前記収入超過の認定及び付加使用料納付の通知は、借家法第七条の賃料増額の請求に該当するもので、ただその要件、手続、賃料増額の限度が右特別法の規定により、借家法第七条の場合と異るに過ぎないと解するを相当とする。
四、してみれば、被告のなした右行為は、私法上の賃料増額請求(形成権)の意思表示と解すべきであるから、それが行政処分の如き形態を採っていても、行政処分でないことは明らかである。よって原告が行政事件訴訟法により右行為の取消を求める本件訴は不適法というべきである。(原告は、右賃料増額請求がその主張の如き理由により無効であるというならば、宜しく民事訴訟法の規定により増額賃料の債務不存在確認の訴によってこれを争うべきである)。
五、以上の理由により原告の本件訴は不適法として却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本重美 裁判官 井野三郎 上田誠治)